ブライアン・マドロックはサイド3のコロニー作業員の息子として生まれた。父はコロニー外壁のメンテナンスが主な仕事だった。死と隣り合わせの宇宙空間での、孤独な、そして危険な仕事だ。暮らしはお世辞にも裕福ではなかった。父はおとなしくまじめな男だったが、時々酔っては家族を殴った。特に地球連邦政府がサイド3に対して抑圧的な政策をとり始めると、物資の不足から仕事のない日が増え、家族への暴力はますますひどくなった。
ハイスクールを卒業する頃、ブライアンは軍の士官学校への入学を決めた。軍人に憧れがあったわけでも愛国心に溢れていたわけでもなかった。とにかくこの家から出たいと思っていた。それを叶えてくれるものなら何でもよかった。その頃のブライアンの家庭は父が事実上の失業状態で、士官学校の特別奨学金を受けることができた。それに飛びついただけだった。家を出る日、母は笑顔で見送ってくれたがどこか悲しそうだった。結局父とは話さずじまいだった。
もともと勉強熱心というわけではなかったブライアンは、士官学校入学後もとりたてて目立った成績を修めることはなかった。むしろ軍規だの作戦だの戦術だのといった授業は、彼にとって退屈以外の何者でもなかった。ただひとつ、模擬戦闘演習をのぞいては。走る、銃を構える、狙う、撃つ、再び走り出す。その一つ一つはシンプルで、彼にとって心地よかった。その時間だけは自分が別の誰かになったようだった。ただひたすらターゲットを倒す。その作業にブライアンは没頭した。
士官学校卒業が近づいたある日、母から手紙が届いた。そこには父が死んだことが記されていた。酒におぼれた挙句のアルコール中毒死だった。士官学校に入学して以来、母からは毎週のように手紙が送られてきていたが、ブライアンはそのとき初めて返事を書いた。長い手紙になった。その最後はこう締められていた。
「母さん、いつまでも元気で。愛しています。」
それが家族に宛てた最後の手紙だった。
ブライアンはモビルスーツのパイロットに志願した。最前線に出たかった。戦うことだけが彼の目標であり、生きる目的だった。教導機動大隊へ配属され、モビルスーツ操縦の訓練を受けた後、宇宙機動軍第6機動大隊第22中隊へ少尉として配属された。既に一週間戦争、ルウム戦役でジオン公国軍が多大な戦果を収めた後であり、国内では戦争終結間近との見通しが大勢であったが、地球連邦政府が和平条約調印を拒否したことで、一転戦争は長期化の様相を呈していた。ジオン公国軍はすぐさま地球降下作戦を展開、ブライアンの所属する第22中隊−通称ブラックキャット隊−は地上降下部隊の大気圏突入時の護衛にあたることになった。
「間もなく作戦開始ポイントに到着する。」
ブリーフィングは中隊長であるブラッドリー中尉の言葉で始まった。
「第一陣として4隻のバーンホフ級輸送艦が到着する。各艦にはそれぞれ1基のモビルスーツ収容ポッドが搭載され、各ポッドにはそれぞれ4機のモビルスーツが収容されている。輸送艦は大気圏突入ポイントに到達後、即時ポッドを射出、離脱するが、その間ポッドおよび輸送艦は全くの無防備となる。本隊の任務は作戦開始から終了までポッドおよび輸送艦を護衛することである。現時点で当該宙域に敵艦は確認されていないが、おそらくはルナ・ツー艦隊から何らかの妨害行動があるものと予想される。任務に際しては、ズワンジ、オロゴアの2隻および6機のザクIIでこれにあたる。各ザクIIは作戦開始後、艦から警戒距離を保ちつつ哨戒行動。敵艦確認後は直ちに迎撃行動に移れ。作戦開始は0030時、大気圏降下開始時刻は0100時、全ポッドの射出完了および敵艦撃退をもって作戦終了とする。何か質問は?」
誰一人口を開くものはいなかったが、隊の士気の高さは誰もが感じていた。
「いいか!お前らがビビる度にタコツボの中で友軍が死ぬことになるんだ!ブラックキャット隊の名前を汚すようなことはするなよ!以上!」
格納庫に収まったザクIIのコックピットの中で、ブライアンはじっと一点を見つめていた。ヘルメットの中の自分の息遣いがやけに大きく聞こえる。
「作戦開始!各機カタパルトより発進後、警戒宙域にて待機!」
イアフォンからブラッドリー中尉の声が鳴り響いた。艦のハッチが開き、ザクIIが次々に発進していく。
ブライアンの乗る6番機もカタパルトから発進した。先行する4番機のメインスラスターから推進剤が狂ったように吐き出され、やがてそれは極低温の中氷つき、きらきらとした霧に変わり視界をふさいだ。その光景は出撃の緊張感にはひどく不釣合いに思えた。
ブライアンの6番機は展開後、艦から1500mの位置で静止軌道に乗った。後ろを振り返ると4隻の輸送艦の艦列が見えた。
「あれか...まるで棺桶だな...」
「敵艦確認!サラミス級2隻!方位40.01、22.34、98.10!データを転送します!」
母艦のオペレータからの声が静寂をやぶった。来た!連邦の犬共め。のこのこ出てきやがった。口の中がキナ臭く乾いていくのを感じた。